「なにかを始めるために、
ほかのなにかを辞めることが自分自身を解放することになる」
なにかを始めるために、ほかのなにかを辞めることが自分自身を解放することになる
フリーライドスキーヤー
中川 未来
北海道 真駒内ジュニアスキークラブの代表を務める父親の影響で3歳からスキーを始める。基礎スキーとアルペンスキーを両立させ、北海道ジュニアスキー技術選手権大会で7連覇し、全日本スキー選手権大会出場するほどの腕前に。そのまま家業を継ぐのかと思いきや、大学卒業後はフリーライドに転向し、現在はPeak Performanceの契約選手である中川未来さん。全く違う2つのスタイルのスキーを経験した中川さんは、Peak Performanceがミッションとして掲げる「UNLOCK YOUR FREERIDE SPIRIT」をどう解釈しているのだろうか。
4年かけてやっとできたバックフリップ
フリーライド歴7年目にして初めて成功
決められたコースをスムーズにより美しく滑る基礎スキーに対して、フリーライドはどこをどのように滑るのかを自分で決められるという自由度の高い競技。急斜面をいかにスムーズに滑り、その中で大きな回転やジャンプをするなどアクロバティックな見せ場が多いのも特徴だ。
「フリーライドの代表的な技の一つにバックフリップがあります。もしかしたらオリンピックなどで見た事がある人もいるかもしれないけれど、後ろ向きになってくるっと一回転、宙返りをして着地するという大技。私はこの技をフリーライドに転向して7年目にしてようやく成功させることができました」
フリーライダーならだれでもできるわけではないという大技なのだそう。
「スムーズで美しい滑りが求められる基礎スキーや、ゲレンデをより速く滑走するアルペンスキー出身の私は、ジャンプや回転などの技の練習をほとんどしていません。だからフリーライドの大技に対するコンプレックスも恐怖心もあり、成功までに時間がかかりました」
実は、練習を4年前からスタートしていた
バックフリップの成功までの道のりは決して短くない。なんと4年もかかったという。
「練習を始めたのは4年前ですが、最初から雪の上で練習したわけではありません。まずはトランポリンで飛ぶ感覚や空中で宙返りする感覚をたたき込みました。そして翌年、夏になるとキングスというマットの上での練習も始めたのです。しかし、その年はまだ雪の上でできるまでの状態が整っていませんでした。そして翌年も同じようにトランポリンやマットで練習をし、ようやくその冬にゲレンデでトライをしたのです」
何度も頭の中でイメージし、体に動きを覚え込ませても尚、恐怖心を捨てきれないからこそ安全第一で臨んだのだとか。
「滑走の中に大きなジャンプや回転があるフリーライドは、トリッキーな技こそが見ていて楽しく、ライダーには恐怖心などないと思われがちだけれど、全然違います。基本は安全第一。滑る前は転びませんように、滑落しませんように、と何度も心の中で唱えています。初めてゲレンデでトライした日の朝は、自らが所属しているパトロールの隊長に“今日飛ぶので何かあったらお願いします”とお願いしに行きました。しかも滑るのはコース外ではなく、すぐに救助ができるゲレンデを選んでトライしました。それくらい万全を期さないと飛べません」
積み重ねてきた練習と自信がなければ挑戦はできない
安全を担保しつつ、自分の無事を祈りながら恐怖心も捨てきれない、それでも大技に臨む。スポーツにはケガはつきものだけれど、スキーに関して言えば猛烈なスピードの中で致命傷ともいえるケガを負いかねない。そんななかでどうして挑戦ができるのだろうか……。
「それは4年間、積み重ねてきたものがあるからです。トライ&エラーを繰り返しながら。それがやがてできるという確信に代わり自信になるからです。でも実はマットで練習していたときに、頭から落下したこともありました。運よく大ケガはなかったけれど、周りの人もひやっとした瞬間だったと思います」
失敗を繰り返しながらも、少しずつ飛べる感覚を身に着けていく。それでも飛ぶときは行くぞという勢いが必要になる。
「恐怖心などを乗り越えて新たな挑戦をするとき、自分の心を解き放ってもう一段上のステージに行くこと、これはまさに自分の心のブレーキを外せた瞬間で、UNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITのひとつの形だと思います」
フリーライドに定義なし! 楽しい、それだけでいい
フリーライドに定義は存在しない
大技をしたり、猛スピードで滑走したりと度胸がなければできないのかなと思いがちなフリーライドという競技。しかし中川さんが考えるフリーライドは少し違う。
「大会に出る場合は、決められたルールの中で競技をし、大技をすればそれだけ加点も大きいかと思います。でもスキーを楽しむうえで“フリーライドとは何ですか?”と聞かれたら、文字通り自由に滑ることだと思っています。フリーライドに定義はないですよね」
競技としてフリーライドだけでなく、文字通りフリー「自由」にライド「乗る」、それこそがフリーライドなのだと中川さんは考える。
「競い合うわけではないフリーライドは、ゲレンデ外の場所でするとか、回転やジャンプなどを取り入れるといったスタイルで滑ることといった決まりはないんですよね。自分が自由に楽しく、自分の見せたいスタイルで滑れば、それこそがフリーライドというのが私の考え方です」
フリーライドへの憧れが芽生えた中学時代
そもそも基礎スキーをしていて中川さんはどこでフリーライドに出会ったのだろうか。
「子どもの頃よくいっていた真駒内スキー場は、ハーフパイプが常設されていました。中学生の頃、そこで滑っていたのがワールドカップやオリンピックに出場していたスノーボードのトップライダーだったのです。それを見てめちゃくちゃ格好いいと思い、漠然と憧れました」
その格好よさを見て、アルペンスキー用のぴちぴちのウエアを着てヘルメットをかぶって曲がったストック、レース用の板を履いてそのパイプで滑ることが当時の楽しみの一つだったとか。
「当時はまだスキーのハーフパイプは競技としてはありませんでしたが、真駒内スキー場にはナイターになると、モーグルなどを経験したスキーヤーたちがハーフパイプで楽しそうに滑っていたのです。それを見て、スキーでもこんなに格好よく滑れるんだとフリーライドへの憧れがますます強くなりました。これが私とフリーライドの出会いです」
今まで続けてきたことを辞める、
これが私のUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRIT
Photo: Tatsunori Abe
家業を継ぐのが当たり前
フリーライドに憧れる一方で、父親とともにスクールの運営に関わっていて学生時代からスクールのコーチをしていた中川さん。
「物心ついたときから父にスキー場に連れて行ってもらい、5歳にはレッスンの最後尾から一緒に滑り、リフトも一人で乗っていました。だからフリーライドは楽しくて格好よくて憧れるけれど、仕事として考えると父のスクールをいつしか継ぐのだろうと思っていたし、それ以外の選択肢はないと思っていました」
しかしその考えがゆらぎ始め、フリーライドへの憧れが熱を帯びるばかり。
「高校生のときに、兄と一緒に基礎スキーのコブを滑る練習会に行った時のことです。あのときの衝撃は今でも忘れません。モーグル出身のコーチが基礎スキーとは全然違う下半身だけを使う滑り方で、異次元のスピードで滑っていたのです。衝撃でしたね。そのときのコーチが、実は中学生の頃に憧れたハーフパイプで格好よく滑っていた佐々木徳教さんで、後の私の師匠です。それからもっとフリーライドを知りたくて、月に一回程度プライベートでも滑ってもらい、夢中になって背中を追いかけました」
基礎スキーやアルペンスキーを辞める決意
大学を卒業するころになると、いよいよ父親のスクールでの仕事が本業となる時期。そんなときにふと将来のことを考えるようになる。
「基礎スキーやアルペンスキーの世界で1位になりたいかと考えたとき、それを望んではいないし、そこまで私自身が夢中になって努力していませんでした。これ以上やってもうまくならない。それに当時はフリーライドのほうが格好いいと思っていた自分がいました」
スキースクールを継ぐことが当たり前だと思っていたけれど、その考え方に変化が訪れる。基礎スキーやアルペンスキーではなく、フリーライドを生業としたいという思いがどんどん強くなる。
「中学生の頃から格好よくて憧れたフリーライドに転向したいという思いが強くなりました。そのためには、今まで父と二人三脚でやってきた家業を継ぐことができない、長年続けてきた基礎スキーやアルペンスキーを止めなくてはなりません。家業を継ぐのが当たり前という思いが捨てきれず、その一方でスクールのレッスンをしていると、フリーライドに熱中する時間が取れないという現実、また父も私が継ぐだろうと思っていた期待感があるなかで生まれたジレンマを自分の中でどう昇華させたらいいのだろうかと悩みました。新しいことを始めるのはワクワクしかないけれど、長年続けてきたことを手放すには、いろんな思いを自分から切り離さなくてはいけない、これこそが私にとってはUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITだと思います」
敷居を下げれば一歩前へ進める
Photo: Tatsunori Abe
競技としてのフリーライドへのイメージは一旦排除
ジャンプ、滑走、バックフリップなどの大技……フリーライドは確かに格好いい。ただし誰でもできる競技とは到底思えないという人も多いだろう。
「フリーライドの競技のイメージは一旦忘れて、楽しく滑ってほしいと思っています。私の場合は、楽しく滑りたいし、格好よく滑りたいと思っています。だから自分の滑り方のよくないクセが抜けないときや滑り方を見直したいというとき、多くの人が気持ちいいというパウダースノーのところや荒れたところへは行かず、きれいに圧雪されたゲレンデで何度も練習を繰り返します。フリーライドは楽しければいいと言いつつ、練習するというと堅苦しいというイメージかもしれませんが、私にとっては格好よく滑る=楽しいと思えるので、地味だけれど練習はしっかりしておきたいですね」
そんな中川さん最近はまっているのは地方の小さなスキー場なのだそう。
「人が少ないというのもあるけれど、地元の人がプライドをもって長年、作業をしていて圧雪のクオリティーが高いことです。海外に比べてスキー場の規模は小さいけれど、それだけ手が届いているのは日本のスキー場ならではのよさだと思います。そういうところで圧雪したてのゲレンデで滑るのは楽しいですし、日本ならではのフリーライドの楽しみ方だと思います」
敷居の高さを取り払えば、次の一歩は踏み出しやすくなる
イメージや固定概念で、フリーライドへのハードルをどんどん高くしてしまう人もいる。でも中川さんは楽しければいい、それがフリーライドだとめちゃくちゃシンプルな回答だ。
「ペアリフトに乗っておしゃべりをして好きなようにゲレンデを滑ってもいい。バックカントリーや上級者向けのコースを滑らないと挑戦したことにならないという敷居の高さは取っ払ってほしいですね。これもUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITだと思うんです」
高みを目指して、果敢に難しいことにチャレンジすることだけがUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITではない。自分の思い込みやイメージにとらわれないもとも大切。それで自分の歩幅で進めばいいのだと言う。
「ゲレンデでもキレイに滑りたい、あの小さなコブを超えたい。こういう小さな楽しみを見つけていけばいいと思いますね。その一つ一つのハードルを下げるところから始めれば次の一歩につながります。こうしてUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITを積み重ねていけばいいと思います」
中川未来(Miki Nakagawa)
北海道札幌市出身。スキーインストラクターを生業とする父の影響で幼少期からスキーを始める。基礎スキーとアルペンスキーを両立し、全日本スキー技術選手権大会にも出場。大学卒業後はフリーライドへ転向し、国内外のコンペティションに挑戦。JAPAN FREERIDE OPEN 2023 スキー女子優勝、JAPAN FREERIDE OPEN 2024 スキー女子優勝。
現在はコンペにも参加しつつ、札幌を拠点にイベントやレッスンなど活動の場を広げている。
@mikinakagawa1015