「“今”しかないと思うことが
挑戦への原動力となる」

「“今”しかないと思うことが
挑戦への原動力となる」

フリーライドスキーヤー

上遠野 悠子


長野県白馬村育ちで、長野五輪を見たことをきっかけにアルペンスキーを始め、めきめきと頭角を表わす。中学3年生では第85回全日本スキー選手権大会スーパーGで優勝。その後、大学まで続けるも、卒業後に競技を引退し、一般企業に就職。ところが休暇中に訪れたカナダで、ヘリで山頂まで行きそこから滑り降りるヘリスキーを経験したことをきっかけに、再びスキー熱を帯び、人生が大きく動き始めた。そこから会社を退職、カナダへ移住しフリーライダーとなった上遠野悠子さん。すさまじいスピード感で変化する環境の中で、Peak Performanceがミッションとする「UNLOCK YOUR FREERIDE SPIRIT」とはどういうものだと考えていたのだろうか。

アルペンスキーとフリーライドの異なる魅力

子ども心に芽生えた将来の夢はスキーで五輪へ

白馬生まれの白馬育ち。スキーは身近な遊びではあるものの、幼少時代はスキーとはどのように向き合っていたのだろうか。

「1998年長野五輪のアルペン競技やジャンプの会場が私の地元の白馬でした。私の実家はペンションを営んでいて、そこはフランスのスキー関係者に一棟貸しをしていました。そしてメダルを獲った選手が集まり、祝勝会などが行われ、まだ小さかった私にもメダルを触らせてくれました。その時、子ども心に“私もいつか五輪に出たい”と思うようになりました」

“こうしたい”と思ったらすぐに行動する。このスピード感は子どもの頃からすでに持ち合わせていた上遠野さんの強みなのだろう。

「翌年、小学校1年生になると、さっそく八方ジュニアチームに入って練習を始め、以後大学卒業までの16年間、アルペンスキーを続けました。中学3年生で、第85回全日本スキー選手権大会 スーパーGで優勝し、ナショナルチームに入りました。仲間と切磋琢磨しながら、合宿に参加したり、多くの大会に出たりしながら常に次のステージに上がりたいという思いで高いレベルでスキーをできたのはとてもありがたいこと。この時培った滑りが今のフリーライドをするうえでも基礎になっています」

感動の4D体験がフリーライドの初体験

五輪出場への夢がかなわなかったけれど、それでもスキーをやりきったという思いがあったので、引退することに後ろ髪惹かれる思いはなかったという。

「引退してからは、一般企業に就職し、それはそれで充実した日々を過ごしていました。私の勤めていた会社は1年に二度、有給休暇を1週間取るチャンスがあり、そこに土日をくっつけ、さらに祝日が重なると2週間近く休みを取ることができ、海外旅行へ行く人も多くいました。私も休暇を利用してカナダへ行き、一生に一度は挑戦したいと思っていたヘリスキーの体験をしました」

アルペンスキーの腕は一流ではあるものの、引退して5年たってからのことだという。ヘリで山頂に降ろされてそこから滑り降りるとは……。ヘリスキーの魅力はどんなものだったのだろうか。

「私が育った白馬は、見渡せば美しい山々が広がる村で、平面でその景色を見るような感じでした。ところがカナダのウィスラーのなかで一番高い山に降り立ったときは、360度、どこを見渡しても美しい山々。その中をガイドさんの先導で、滑るのは感動の4D体験でしたね。これが初めてのフリーライドだったと思います。それまではフリーライドと言えば白馬での大会は見たことはありましたがあくまでも観客としてでした」

アルペンスキーはスピードに、フリーライドは滑りにフォーカス

スキーとひとことでいっても、16年もの時間を費やしてきたアルペンスキーと、フリーライドではまったく違う競技。それぞれの魅力はどんなところにあるのだろうか。

「アルペンは決められたコースをいかに速く滑るか、0.01秒を競う競技です。速く滑るためにはさまざまなことをそぎ落とし、とてもシンプルな滑りになります。ただただスピードという1つの要素にフォーカスし、それを突き詰めていくのがアルペンの魅力。その中で自分の限界に挑戦するという局面は何度もありました」

一方でフリーライドとは、読んで字のごとく、自由に滑ること。コースとして設定されていない雪山をまずはどのように滑るのかを決める。途中、崖もあれば木々の間を滑ることもある。どこを滑るかは自分で決めるからなんの決まりもない。

「どこを滑ってもいい、どこでジャンプしてもいい。あれもやっていい、これもやってもいい、何をやってもいいので自分の滑りを広げていく感じがアルペンとは真逆の魅力だと思っています」

生活拠点を丸の内からカナダへ

ヘリスキーを体験した翌月に出した退社願い

ヘリスキーでの感動の4D体験は、上遠野さんの気持ちにも大きな変化をもたらしたという。そしてこの時も、持ち前の行動力を発揮することになる。

「改めてスキーが好きなんだなと思ったんです。ヘリスキーで体験した浮遊感やスピード感、全身で自然を感じるあの感覚が忘れられず、カナダから帰国してすぐに、上司に“会社を辞めます”と伝え、その年、2019年の6月に退職しました」

こうした思い立ったらすぐに決断して動く行動力こそが数々の挑戦を可能にすることになる。

「それから1シーズン日本で滑ってからカナダにワーキングホリデーとして行こうと思った矢先、新型コロナウィルスのため、当初予定していた時期に行くことができませんでした。それでもスキー熱は冷めることなく、2020年の秋にようやくカナダに行けました。とにかくこの1年は、エンジョイスキーで滑り倒そうと決めていました」

ウィスラーキッズに背中を押されて

とにかく飢えていたという。1年間のワーキングホリデーを終えて、もう1年滞在を延長して、本気でフリーライドと向き合うことになる。 

「アルペンスキーしかしたことがなかったので、ジャンプなどがあるパークに入ったこともなければ、クリフやバックフリップを飛ぶという経験がありませんでした。そこで地元の小中学生が所属するフリースタイルウィスラークラブに入って一緒に練習をさせてもらいました。本来私のような成人は入れないのですが、代表の方と直接コンタクトをとり、自分のスキーのレベルと何をできるようになりたいのかを具体的に説明したら、なんと入れてもらえることになりました」

同じ雪の上とは言え、滑ることとジャンプや回転することはまったく違うこと。戸惑いはなかったのだろうか。

「ジャンプや回転にチャレンジできたのは、ウィスラーキッズのおかげでもあるんです。ウィスラーにはプッシュ文化みたいなものがあって、“絶対飛べるよ”、“君ならできるよ”と言ってもらえたことがとても自信になりました。そしてだんだんできるようになると、様々な地形を滑り、フリーライドを極めるべく、貪欲に環境を求めました」

「好き」「楽しい」気持ちと「今しかできないこと」の見極めが挑戦を後押し

「楽しい」という気持ちが恐怖心に勝る

崖を飛び降りる、バックフリップをすると聞くと、普通の人ならそれだけで“危なそう……”“怖そう……”と思ってしまう。上遠野さんには恐怖心はないのだろうか…… 

「恐怖心はなくはないです。でもそれよりも“楽しい”という気持ちが上回ってしまうんですよね。年齢も30歳を超えて、一般的に考えたらいい年してバックフリップなんて危ないしケガのリスクも高いし、と思われてしまうかもしれません。それでも失敗してもやりたい、それくらいスキーが好きなんだと思います。もちろん危ないのもわかっています。恐怖心を凌駕するほど挑戦には価値があるし、得られるものが大きく、やらなくてはわからない感覚があるんですよね」

それでもやはり、バックフリップをするときはものすごい緊張感にさらされるという。そのために飛ぶコースを何度も何度も下見して、飛ぶイメージをして覚悟を決めるのだとか。

「そこまで準備しても、戻しそうになるくらい緊張します。でもいざ飛んでみると、緊張からの解放は何とも言えず爽快なんです。それがもし失敗だとしても一度挑戦すると、次はいけるという感覚が得られるんです。こういう感覚が得られるから次の挑戦へとつながるんですよね。これこそが自分を解き放つことで、私にとってのUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITです」

今しかないと思うことが次のステップへつながる

2021年、2022年のシーズンをカナダで過ごした上遠野さんにとっては実りの多い2年間。自分でも実感できるほど、成長著しい年だったよう。なかでも一番の挑戦はどんなことだったのだろか。

「2段あるクリフを飛んだことですね。飛ぶためのスタート地点に行くのも大変でした。トラバースを進み、崖にへばりつきながらスタート地点へ行きました。幅の狭いところで、自分の足元からガラガラと雪が落ちて。その緊張感と恐怖感といったら言葉で言い表せないほどです」

それでもスタート地点に立とう、2段の崖を飛ぼうと決意させたのはなんだったのか。

「この崖はいつでも飛べるわけではないんです。シーズン始まりや春だと、雪が少なくて岩がむき出しになってしまい、そのエリアに入ることができません。また雪が積もってそれが溶けてしまうと、ランディングエリアがバキバキに硬くなり、着地に危険が伴います。適度に雪があり、ランディングエリアにクッションとなる雪がないとこのクリフは飛べません。自分のタイミングではなく、コンディションが整ったタイミングでしか挑戦できません。挑戦のチャンスは何度もあるわけじゃない。今しかないと思えば挑戦の機会を逃すことはありません。そして挑戦の回数が多いほど、次のステップに進むスピードも速くなります。だから自分のリミッターを外すときは、“今しかない”、その思いが原動力になっています」

同じ2段のクリフの景色が違って見えた瞬間

上遠野さんがカナダ在住中に、一番の挑戦だったと思える2段の崖。実ははじめて見たときは“これは難しい……”と思ったのだそう。

「知人がこの崖を飛んでいるのを見たとき、これは怖いな、と思ってしまったのがシーズン初めのことでした。ワーホリから1年滞在を延期した2022年のシーズンは、ポテンシャルの高い山への挑戦、フリースタイルのチームへの加入、トレーニング施設の利用、コーチの方々や仲間がいるという最高の環境でした。だからこの1年で少しでも成長したい、ここで頑張らなければ一生やれるようにならないと思って自分を追い込みました」

それだけ追い込んだからこそ、自分でも自分の成長が目に見えてわかったのだとか。

「シーズン終わりになると、シーズン初めに恐怖を感じた2段のクリフを、飛べる、飛びたいと思いました。挑戦し続けることは、自分の見えていた景色が少しずつ変わり、次への挑戦へとつながるんですよね。こうして自分のリミッターを外して挑戦するとUNLOCK YOUR FREERIDE SPIRITはどんどん更新されていきます」

Unlockしたい次なる私の野望

日本のスキー場に秘められたポテンシャル

まだまだやりたいことがたくさんあると言う。次なる野望はどんなことを思い描いているのだろうか。

「白馬は私のホームなので、誰よりも雪山を知っていたいという思いがあります。バックカントリーはまだまだ未開拓ですし。ほかにも東北や北海道など国内でも行ってみたいところがたくさんあります。またカナダのウィスラーでも飛んでみたいクリフもあるし、内陸のレベルストークでも滑ってみたいですね。雪質も山も違いますから」

 世界に数あるスキー場のなかでも、実は日本のスキー場はとても人気なのだそう。

「日本のスキー場はとても海外の人から人気です。一晩で何メートルも積もるし、何日も雪が降り続けて、新雪で滑れる機会が多く雪質がいいと言われています。それだけに日本のスキー場にはポテンシャルがあるので、スキー人口がどんどん増えてくれるといいなと思っています」

自由に滑ればそれがすべてフリーライド

 フリーライドの魅力に取りつかれた上遠野さんにとってスキーは最高の遊びなのだと言う。

「長い時間をかけても飽きることはないし、朝から晩まで時間を忘れて没頭できるのがフリーライドなんです。だからこそ、どこでも自由におしゃれにかっこよく滑れるようになりたいと思っています」

とはいえ、誰でもすぐに始められるかと言えば、躊躇しない人は少ないのではないだろうか。

「フリーライドというと、バックカントリーや、高さのある崖を飛んだり、バックフリップをしたりといった技ありきと思うかもしれませんが、もっと自由でいいと思うんです。スキー場でも、サイドヒットのように自然にできた地形でジャンプができるところを飛ぶだけでも十分フリーライドなんです」

ケガから復帰したらニュージーランドでの活動も

 スキー選手には多い膝のケガ。上遠野さんも2023年、2024年と夏の時期はリハビリに充てているそう。

「2022年1月新しいトリックの練習中に前十字靭帯を断裂してしまいました。そのときは1か月くらい休んでからサポーターを付けて5月まで滑りました。翌年、白馬でのFreeride World Tour Qualifier Hakuba 4* 2023で優勝したものの、その後半月板を痛めてしまいました。それが致命傷となり3月に手術し2023年の夏はリハビリに専念しました。ケガ自体は治ったのですが、滑膜炎や軟骨損傷などがあって年末に再手術、2024年のシーズンは思ったように滑れませんでした。それでも春に再びカナダに行ったのですが、片脚でしか滑れず。この年の夏もリハビリに励んでいます」

 本来なら日本やカナダがオフシーズンのとき、どのようなライフサイクルなのだろうか。

「理想は、シーズン初めは白馬ですべり、3月~5月はカナダ、その後は南半球、ニュージーランドなどで滑るようなサイクルがいいですね。こうして1年中通して滑れるよう、今はリハビリを頑張るのみです」


PROFILE
上遠野悠子(Yuko Katono)

長野県白馬村出身。小学生でスキーを始める。アルペンスキーのジュニア選手を育成する八方ジュニアチームに入り五輪を目指す。中学3年生で第85回全日本スキー選手権大会スーパーGで優勝しナショナルチーム入りする。2010年早稲田大学進学、2012、2013年は第27回全日本学生アルペンチャンピオン大会GSでの優勝はじめ、数々の大会で優勝。2014年引退し、一般企業に就職。2019年、カナダで体験したヘリスキーの感動が忘れられず、退職しフリーライドの世界へ。2023年Freeride World Tour Qualifier Hakuba 4* 2023で優勝。
@gyuuko


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